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大里加来君は、あれでなかなか、ロマンチストだよ。

学問性は真理性の獲得であると云ったが、併し真理性の獲得とは、具体的に何を指すのであるか(問題は真理性の実践的な獲得であるのだから真理性に対する観念論的規定――普遍妥当性・真理価値――は今の場合一応除いておく)。茲に吾々は少くとも解釈の二つの道を事実上知っているのである。第一に真理性の獲得は問題の解決であると考えられる。真理性は与えられた問題を解決することによって初めて獲得され得るのでなければならないと考えられる。もし或る問題を解決し得ないならば、何人も真理性を獲得したとは信じることが出来ないに相違ない、判ったと思うことは不可能であるであろう。それ故この場合学問性は解決である。或る学問が解決力を持つ限り学問性を持ち、夫を有たない時之を有たないと考えられる。実際、何等の解決を齎すことの出来ない学問、その学問の学問性は無に等しいであろう。学問性とは研究を進め課題を解き得る実行力――学問の有用は何よりも先に之でなければならない――の他ではないと考えられる。プラグマチズムは恰も学問性――真理性の獲得――を茲に求めるのである(之に対して、真理は解決力――有用――の有る無しではなくして普遍妥当性を有つか有たないかにある、と云って反対することは、始めから許されていない。何となれば茲では真理性の単なる規定ではなくして真理性の獲得が問題であったのだから)。さて学問性は真理性の実践的獲得に存在し、それが解決の概念であった。処が方法は体系よりも常に何かの意味に於て実践的であったであろう。それ故解決の概念は体系にではなくして正に方法に属さねばならない。解決は方法概念の内にぞくす。それ故この場合の学問性は方法概念にぞくするのである他はない。かくて茲に於ては――学問性がもはや手続きや考え方・成果や組織ではなくして真理性の獲得である処では――方法が体系を優越することとならなければならない。学問性概念の動機への分析に於て一つの新しい方法概念――何となればそれはもはや体系概念との相互の否定を許さない優越なる方法であるから――を吾々は茲に見出したであろう。そして実際プラグマチズムの所謂方法は真理性獲得の手段の概念である。真理発見の手段が学問と考えられる。

雅重おい、典重。元気を出せ。医者がなんといはうと、人間の生命は、天が支配するんだ。軍医が匙を投げた負傷者で、立派に立ち直つた例がいくらでもある。

やがて、汽車が大阪駅につくと、白崎は赤井と別れて上本町のわが家に帰って行った。

*学問の分類が精神能力の区別によらずして学問それ自身の性質に依らなければならないことを述べた者にすでにカンパネラがあることを注意しよう。

A――それは俺も望まないことはない。然しどうせ死ぬものなら、俺は平然とした輝かしい死に方をして、彼等の心のうちに、生死の彼方からさす平和な光を投げ込んでおきたいのだ。

別荘の入り口の前に立つと、中から話し声がした。若い女の笑い声も聞こえる。オレはドアをノックした。すぐに答える声があり、ドアは開けられた。ドアを開けてくれたのが高野だった。待ってたよ、高野はそう言うと、オレを奥の部屋へ促す。そこには一緒にアダルトビデオを作っていたスタッフが全員揃っていた。オレは状況を把握することができなかったのだが、ここにいるオレ以外の人間はみんな笑っている。なんだ、これは、オレが聞くと、高野は、マダムが仕組んだんだ、と答える。マダムって誰だよ、オレが突っかかるように聞くと、高野が笑って制する。里奈のおふくろさんだよ。里奈のおふくろさんがお前の会社を買い取ったのは聞いてるだろ。

交換手は笑って、

歴史的に存在した所謂自由芸術とそして恐らく自由芸術ではない処の芸術との区別がどのような標準によって与えられたかは問題の外として、このような歴史上の事実からは独立に、なお自由芸術と不自由芸術との区別が許されるならば、そうすれば学問は第二に、一つの自由芸術と考えられなければならない。

歴史科学の概念構成が価値関係づけであるという主張は、そのものとして、誤りでないばかりではなく、至極必要なそして意味ある洞察に基いたものである。人々は之を否定することは出来ないであろう。ただかく主張することによって、歴史記述が現実に遂行されるその手続き――之こそ真に概念構成の名に適わしい――を充分顧みる必要がないかの如く見えるように振舞うならば、それは事実上、一つの重大な欠点として現われてくることは当然であるであろう。科学論の第三の批難はこの欠点を指摘する処に横たわる。歴史科学的概念構成の現実的内容に充分立ち入らず、従って歴史科学的方法のただ観念的な――現実的に対象に食い込まない――規定のみを与えることに満足するかのように見えるこの欠点を指摘しようとすることが、歴史科学の地盤から加えられる処の、多くの正当な又不当な、批難の根本的な動機であるであろう。

彼はすぐこの女はどうした女であらうと思つた。かうして十二時を過ぎているのに一人で歩いているところを見ると、決して正しい生活の女でないと思つた。さう思うとともに彼は探していた物をあてたような気がした。

私は茶の間で、ちょっとお茶をのんだが、食事はやめた。食べたくなかった。お母さんの方へは行かずに、表へ出た。散歩するというわけでもなく、行くところもないので、裏の空地へ行ってみた。あのいやな醜い桜の木がある。通りすぎて、お寺のなかにはいっていった。銀杏樹がすくすくと茂りそびえている。その幹によりかかって、私は泣いた。

今僕は再びこの問題にはいって、この三項の連絡をもう少し緊密にし、したがって僕のこの主張にさらに多少の内容的明白を加えたいと思う。
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